株式市場は本当に予測不可能なのか。
この問いに対して、長らく金融学の中心的な答えであり続けたのが 効率的市場仮説(Efficient Market Hypothesis, EMH) である。
本記事では、
- 効率的市場仮説の内容と前提
- ランダムウォーク理論との関係
- 現代ファイナンス理論での位置づけ
- リーマンショック以降に生じた疑問
- 行動ファイナンスとの対立
- テクニカル分析との関係(ユール・スルツキー効果)
までを、誤解の多い点を整理しながら解説する。
効率的市場仮説とは
効率的市場仮説は、ユージン・ファーマ によって体系化された理論であり、
彼はこの業績により 2013年にノーベル経済学賞 を受賞している。
仮説の核心
市場価格には、現時点で利用可能なすべての情報がすでに織り込まれている
つまり、
- 公開情報
- 過去の価格情報
- 企業の財務情報
などを用いても、継続的に市場平均を上回る超過リターンを得ることはできない、という考え方である。
なぜ「市場は合理的」とされるのか
効率的市場仮説の背後には、以下の前提がある。
- 情報は速やかに市場参加者に共有される
- 裁定(アービトラージ)が働く
- 明らかな歪みは即座に修正される
この結果、
価格は常に合理的な水準に調整される
と考えられる。
ランダムウォーク理論との関係
効率的市場仮説から導かれる重要な帰結が ランダムウォーク理論 である。
基本的なロジック
- 市場に織り込まれている情報 → すでに価格に反映済み
- 価格が動くのは → 事前に予測できない新情報が出たときのみ
したがって、
価格変動はランダムであり、予測不能
という結論に至る。
この考え方を一般向けに広めた代表的著作が、バートン・マルキール著『ウォール街のランダム・ウォーカー』である。
正規分布とリスクモデル
ランダムウォーク理論は、多くの場合、
- 価格変動は 正規分布 に従う
- 変動幅と頻度は安定的である
という仮定を伴う。
この仮定は、
- オプション価格理論(ブラック=ショールズモデル)
- リスク管理(VaR など)
- ポートフォリオ理論
といった 現代ファイナンス理論の中核モデル の前提条件になっている。
効率的市場仮説への疑問
――リーマンショックとファットテール
2008年のリーマンショックは、効率的市場仮説に対する大きな疑問を投げかけた。
問題点
- 実際の市場では
極端な暴落や急騰が、理論上の想定以上に頻繁に起こる - これは ファットテール(fat tail) と呼ばれる現象
この「ファットテール」とは、統計学や経済学などで使われる言葉で、確率分布の裾(テール)が厚く、極端な事象が「理論上も、実際にも」起こりやすい性質を指す。
正規分布を前提としたモデルでは、
想定不能な「異常事象」
が現実には繰り返し発生した。
行動ファイナンスの登場
こうした疑問に対し、補完的な理論として発展したのが 行動ファイナンス である。
基本的な主張
- 市場参加者は必ずしも合理的ではない
- 感情・認知バイアス・群集心理が判断を歪める
- その結果、市場は一時的に非効率になる
この立場からは、
市場は不合理になり得る
と考えられる。
「市場の裏をかく」ことは可能か
行動ファイナンスの視点では、
- 過剰反応
- 恐怖や欲望
- トレンドへの追随
といった 人間的な弱点 を利用すれば、
市場平均を上回る成果を得られる可能性がある
とされる。
ただし重要なのは、
- それが 恒常的に可能か
- 再現性があるか
という点であり、ここは今なお議論が続いている。
ユール・スルツキー効果とテクニカル分析
ここで興味深い概念が ユール・スルツキー効果 である。
ユール・スルツキー効果とは
ランダムな数値列に統計処理(移動平均など)を施すと、
見かけ上の周期性やトレンドが現れる現象
つまり、
- 実際にはランダムなデータであっても
- 人間は「意味のあるパターン」を見出してしまう
テクニカル分析との関係
この点から見ると、テクニカル分析は次のように解釈できる。
- ❌ 必ずしも「価格の本質的予測」ではない
- ⭕ 市場参加者の行動が集団的に反映された結果を捉えている
つまり、
テクニカル分析は
市場の心理構造を映す鏡
としては意味を持つ
が、
未来を機械的に予測できる魔法の道具ではない
という評価が妥当である。
結論:効率的市場仮説は「否定」されたのか?
結論として、
- 効率的市場仮説は 完全に否定されたわけではない
- しかし
- 正規分布
- 完全合理性
という強い前提は修正を迫られている
現在の理解は、
市場は概ね効率的だが、
人間の非合理性により、
局所的・一時的な歪みが生じる
という、より現実的な立場に近づいている。
まとめ
- 効率的市場仮説は現代金融理論の基盤
- ランダムウォーク理論はその論理的帰結
- リーマンショックは理論の限界を露呈させた
- 行動ファイナンスは「不合理性」を補完する
- テクニカル分析は心理の集積として理解すべき
